猫丸しりいず第61回

猫丸しりいず第61回 

ノーノ:力と光の波のように    
◎ヘルベルト・ケーゲル指揮 ライプツィヒ放送交響楽団 リカータ(P) 
(国内ドイツシャルプラッテン TKCC70290/旧規格)    

◎クラウディオ・アバド指揮 バイエルン放送交響楽団 ポリーニ(P) 
(海外DG 471362-2)    
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この「猫丸しりいず」もそうだが、クラシック音楽に関して何か語ろうとする場合、
「曲目」について語るか、「演奏」について語るか、のいずれかになる事がほとんどである。  
 「演奏」について語るためには、基本的に多くの演奏実績があり、
サンプル数が多い曲目でなければ困難だ。

だから、フルトヴェングラーやカラヤン等、
同じ曲目に多数の音源がある演奏家の場合は
例えば「フルヴェンの第9」とか「カラヤンの悲愴」とか、
非常に細分化された条件でも「演奏論」を展開する事が可能である。    

それに対して、いわゆる「現代音楽」と言われるジャンルの曲目に関しては、
メシアンとか武満等の一握りの人気作曲家の作品を除いては、
「演奏」について語る事が非常に難しい。

何しろ、ほとんどの作品は「初演」に漕ぎ着けても「再演」がままならないという状況であり、
サンプル数が極度に少ないのだからムリもない。    
しかし、それは非常にもったいない事である。
演奏によって作品が全く違う姿を見せるのは、現代曲だって同じなのであるから。    

そこで、20世紀後半を代表する作曲家の一人
ルイジ・ノーノ(1924~1990)の代表作「力と光の波のように」のご登場。    

ノーノはイタリア、ヴェネツィア出身
(先日この連載でとりあげたマデルナと同郷、同世代である)で、
バリバリの共産主義者として知られ、政治的メッセージを込めた作品が多い。

この「力と光の波のように」(1972)は、
ノーノの友人であったチリの革命家ルシアノ・クルツの死(享年27)
に捧げられた詩を歌い叫ぶソプラノと、ピアノ、録音テープ、管弦楽のための作品。

この上なくノイジーで、「反癒し系」と呼びたくなる強烈な曲である。  

私は昔この曲を初めて聴いた時の衝撃と感動を忘れる事が出来ない。
これだけ「不愉快かつ濃密」な音響の渦巻く作品が、
どうしてこんなにも聴き手を感動させるのか。
「音楽」とは実に奥深い。

その演奏は、ヘルベルト・ケーゲルの指揮したものであった。    
生前は日本のオケにも度々客演していたケーゲル。
私は彼の実演に接した世代なので、よくある「ケーゲル=爆演指揮者」みたいな見方には、
「それはちょっと違うんでは」と意義申し立てをしたくなるのではあるが、
彼が、通常では考えられないような曲目で爆演をやってしまう・・・というのは事実。例えばウェーベルン。普通はあまり「体温」みたいなものが感じられないウェーベルンの作品を、
やたら「沸騰」させてしまうのはケーゲルにのみ許された荒技である。    

この「力と光の波のように」も、
とにかく演奏者全員がのたうち回るような凄まじい演奏。
「阿鼻叫喚」ってこういう事なのかとナットクしてしまいそうになる程だ。
あまりのインパクトの強さに、私の頭の中ではこのケーゲルの演奏と作品が完全に一体化してしまった。 

その後、この曲にはもう一つの録音が存在する事を知った。
それが、ノーノと同じイタリア出身で、彼と親交もあり、
作品を他にも手掛けているポリーニとアバドによるDG盤。
どれどれ・・・・と興味津々で聴いてみたのだが・・・    

まあ、この二人の顔合わせという事で、
爆演なんぞハナから期待しなかったのだが、
それにしても拍子抜けする位クールで整理整頓?された演奏で、
ケーゲルのような混沌かつ猟奇的な凄まじさは微塵も感じられず、
正直私には物足りなさが残った。「コレ、本当に同じ曲?」という感じである。  

でも、私はこのポリーニ&アバド盤が駄演だとか凡演だとか言うつもりは全くない。
これはこれで、非常にハイレヴェルな演奏である。
先に聴いたケーゲルの演奏によって、
私のこの曲へのイメージがあまりに固まってしまったため、
あまりの「様相」の違いに違和感を覚えただけなのであろう。  

ここで思う事。もしポリーニ&アバドの盤を先に聴いていたとしたら、
私のこの曲に対する印象、ケーゲル盤に対する印象は一体どう変わっていた事だろうか。
「演奏」の力って実に恐ろしい。
ウ~ンやっぱり現代曲にも、もっと「サンプル数」が増えて欲しい・・・
他の曲にもこういう発見があるかもしれませんよ。 

  「初めて聴いた曲を一発で気に入るのは、
演奏が名演だった時だ」と言った人がいたが、自分の過去の経験に照らし合わせても、
それは当たっているように思う。
「絶対に正しい唯一の演奏」など存在しないのが、
クラシック音楽の奥深さ。

だから、一つの曲を何通りにも楽しめる。

クラシック音楽ファンって、実に幸せな人達ではありませんか。  


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