猫丸しりいず第79回

猫丸しりいず第79回
 
ケテルビー:ペルシャの市場にて、中国寺院の庭で 他
ジョン・ランチベリー指揮 フィルハーモニア管弦楽団 
(蘭EMI 5730002)
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クラシック音楽の世界には「通俗名曲」というマカ不思議な呼称がある。
 
「通俗に堕する」という言い回しがある位の、基本的にはホメ言葉ではない単語と、「名曲」というホメ言葉が合体した実に珍妙な呼称だが、
どうも私には「もう自分はコアなクラシック愛好者なんだから、今更こんな曲聴いてられるか」みたいな
スノッブな「蔑み」のニュアンスがこのコトバに感じられ、どうも好きになれない。
 
「ペルシャの市場にて」で知られるイギリスの作曲家、アルバート・ケテルビー(1875~1959)は、その「通俗名曲」の作り手の代名詞のような人。
この人の曲は「クラシック初心者用」というレッテルを貼られ続け、「初心者を卒業」したクラシック・ファンからはほとんどマトモに相手にされていない感がある。
実際私も正直に白状すると、子供の頃はこの人の作品にさんざんお世話になったにも関わらず、クラシックを本格的に聴き始めてからは
全くと言っていい程その作品と向き合う事が無かった。
 
1977年録音の、このランチベリー指揮の盤もレコード時代から存在は知っていたものの、妙なスノッブ根性が邪魔をして、全く聴く機会を持たずにいた。
しかしある時このバレエ音楽の巨匠とフィルハーモニア管という一流のメンバー達が、この「通俗」な曲たちをどう料理しているのか興味が湧き、
軽い気持ちで聴いてみたのだが・・・
 
まさに「驚愕」の一言だった。
「ケテルビーさん、30年以上も貴方の事を無視していて本当にスンマセンでした」とロンドンの方向に向かって土下座したい位の感銘を受けたのだ。
彼の作品はどれも5分から10分程度の小品ばかり。ブルックナーみたいに「ジワジワ時間かけて俺の流儀に引きずり込んでやるぜ」みたいな手段は通用しない。
まずキャッチーな旋律をパッと出して一気に聴き手の心を捉え、カラフルなオーケストレーションで魅了しなければならないのだ。
ケテルビーの凄さは、このキビシイ条件に対してまさに「天才的」としか言いようが無い能力を発揮している事。加えてそのイマジネーションの素晴らしさ。
 
彼の曲は「ペルシャ」「中国」「エジプト」などを舞台にした異国趣味的な曲が特に有名だが、彼はそれらの土地に実際に行った事は無く、
想像の中だけでこれらの曲を書いたそうだ。
それでいながらホンモノの「イスラムの国のバザール」とか「中国の古刹の静けさとその外の喧騒の世界」を体感してからこれらの曲を聴いても、
「違和感が無い」ばかりかそれらの情景や街の匂いまでが脳裏に甦るような気持ちになるのは驚きである。
オケの「使い方」もまさに絶妙。「修道院の庭で」におけるサックス、「エジプトの秘境」でのピッコロなどの隠し味的な用法には舌を巻いてしまう。
「A+B+A」という感じの実にシンプルな構成の小曲の中で、これらの妙技をさりげなく開陳し、しかも聴き手を楽しませる。
こういう仕事は「凡才」には決して出来る事では無い。
 
これらの曲の真価に気づいたのには、もちろん演奏の力も大きく寄与している。
素晴らしいリズムのキレや、タップリと歌われる旋律にはバレエの巨匠ランチベリーの力量が遺憾なく発揮されているし、「大和魂」ならぬ「英國魂」こもった
オケの演奏も最高の一言。一見「お手軽」な感じのこういう小品は、実は一流の演奏家が真剣に取り組んだ演奏でないと真価がわからないという事を痛感させる。
 
以前この連載で「プロコフィエフの主要作を一通り聴き込んだ後に久々に接して、初めてピーターと狼の凄さに気付いた」という事を述べたが、
ケテルビーの作品にも同じ事を感ずる。多種多様なオーケストラ曲を聴き込んだ貴方にこそ、もう一度聴いてほしいこの人の曲。
きっと新たな発見や驚きがありますよ。

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