猫丸しりいず第107回


●猫丸しりいず第107回
 
◎ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第5番「幽霊」
 
ケンプ(P) シェリング(Vn) フルニエ(Vc)
(独DG/ELOQUENCE 474190-2)
0202.JPG
「妖怪」と「幽霊」は何がどう違うのか? 中学生の時、フトそんな疑問が湧いた事があった。
 
辞書をひいてもどうもピンと来ない。そこで、中学の担任のM先生(社会科担当)にこの疑問を投げてみた。「この忙しいのに、またバカな質問をしおって、コイツ・・・・」という表情が一瞬先生の顔に浮かんだのを私は見逃さなかったが、そこは教育者の威厳を保ち?ちょっと考えた後にこんな答えを返してくれた。
 
「妖怪は民話とか伝承の中の存在だけど、幽霊って生きていた人間の霊がこの世に未練や恨みを持って現れるものだから、そもそも在り方が全然違うんじゃないか。そう言えば、妖怪とか化け物は地域によって随分姿カタチが違うけど、幽霊はどこの地域でも雰囲気似ているしな」
 
今思えばいかにも「社会科の先生」らしい回答ではあるが、なかなかポイントを押さえた答えだと思う。妖怪や化け物は確かに人に危害を加える事はあるものの、どこかアッケラカンとして牧歌的な要素もあるのに対し、幽霊は「未練」とか「怨恨」とかを持って登場するので、非常に存在自体が「ジットリと湿った感じ」に思える。出て来られたら怖いのは圧倒的に「幽霊」と私は思うが、皆さんはどうお感じか。
 
よりによって、その「幽霊」が愛称のクラシック作品が有る事を知った時、私は興味炸裂であった。しかも作曲者があの「楽聖」ベートーヴェン大先生と来ている上、この「幽霊」という愛称は、「運命」のように日本でしか通用しないものでは無く、キチンと?グローバルに通用しているモノだと言うからますます興味津々である。どんなホラーな音響世界が繰り広げられるか!と勇んで第1楽章を聴き始めたのだが・・・・・
 
始まったのはニ長調の快活な曲。私は呆気にとられ「どこが幽霊なんじゃ!」と思わず叫ぶところだったが、これは私の完全な早トチリで、「幽霊」という愛称は続く第2楽章から生まれたものであった。この第2楽章、実にミステリアスである。ニ短調で書かれている事が非常に大きいポイントだ。以前この「猫丸」でもネタにした通り、ニ短調は非常に宗教的、神秘的、荘厳な響きを奏でる調であり、モーツァルトやフォーレの「レクイエム」や「トッカータとフーガ」、ブルックナーの「9番」等々が代表選手。
 
この楽章から「幽霊」を連想し、愛称にまでしてしまった人、なかなかスルドイと思う。ピアノの奏でる暗く神秘的な和音など、まさに「幽霊出て来ました」感が横溢している。日本で幽霊の出現と言えば、能管と太鼓の組み合わせによる「ヒュ~・・ ドロドロ」という音響がお約束であるが、あれを西洋の楽器でやったらまさにこんな感じでは・・と思わせる。オマケに「まだ現世に未練がありまする」的なジットリした湿り気がこの楽章には随所に感じられ、「ウン、これは確かに妖怪じゃなく幽霊だな」と私はナットクしてしまった。
 
不思議なのは、快活そのものの第1、第3楽章の間になぜベートーヴェンがこの「幽霊的」なミステリアスな楽章を挟んで1つの曲にしたのかという事。まさに「謎の名曲」だ。でも私は、彼のピアノ三重奏曲の中では「名曲だけど長すぎる」というイメージが拭えない「大公」よりも、この「幽霊」の方がずっと好きである。それでなくとも「大公独り勝ち」的な様相を呈しているベートーヴェンのピアノ三重奏曲だが、「幽霊」を筆頭に他の曲ももっと聴かれてよいのではないか。
 
今回ご紹介の盤は、ケンプ、シェリング、フルニエという「質実剛健型豪華トリオ」による1970年の録音で、今更詳しくご説明する必要も無い名演。「大公」とのカップリングで、安価で入手出来るのも嬉しいところ。ケンプのピアノが特に味わい深い。
それにしても、この名作に「幽霊」なんてエキセントリックな愛称をつけられてしまったのは、ベートーヴェン先生にはハタ迷惑な話なのだろうが、もしこの曲がただの「第5番」だったなら私はこの曲を聴いてみようとは思わなかっただろう。でも逆にこの愛称によってこの曲に「キワモノ」っぽい先入観を持ってしまっている人もいるであろう事を考えると、ユニークすぎる「愛称」は功罪相半ばというところか・・・・。

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